先日ある新規クライアントとコーチングセッションを行いました。徐々にクライアントの緊張がほぐれてきたところで突然、クライアントが「実は私、コーチングが嫌いなんです。悪いことばかりです」と私に告げました。
なぜ嫌いなのかを冷静に尋ねたところ、そのクライアントが管理職向けコーチング研修で学んだことを実践したら、部下からの評判が悪化したとのこと。精神的に追い込んでしまった部下もいるというのです。
この事例を踏まえて今回は、コーチング研修を受講した方は学んだスキルや知識をどのような心構えで活用するべきか?ということを話していきます。
「質問」重視のコーチング研修
最近は多くの企業においてコーチングが人材育成やキャリア開発に役立つという認識が広まり、特にリーダー層や管理職層に対する階層別研修としてコーチング研修が行われることが多くなっています。
研修の目的として何を求めるかはオーナーである企業の経営や人事によって異なりますが、コーチングの基礎的研修にはほぼ確実に「傾聴・共感・承認・質問」が含まれます(それぞれの概要についてはこちら)。
コーチングの真髄は「質問」にあるのですが、本当にクライアントのためになる質問ができるようになるには「傾聴・共感・承認」が十分に行われ、コーチとクライアントに信頼関係ができあがっていることが必要です。一足飛びに質問を行なおうとしてもコーチはクライアントの背景や心象についての情報を把握できていなければ適切な質問はできませんし、クライアントも心を開いていない人からの質問には本音で答えようとはしません。
ですのでコーチングにおける対話の順序の基本原則は「傾聴→共感→承認→質問」となります。もちろん実際には行ったり来たりを繰り返し状況に応じた柔軟な進め方をするのですが、コーチは常にこの流れを意識します。
しかし私が見聞きしている範囲では、一般的なコーチング研修(特に単発・短時間の)は質問に重きを置きます。その理由は、4要素のいずれも習得が難しいので、「目に見えるかたちで行動変容につながりやすい」スキルである質問に時間を多く割く行う方が、研修の成果がわかりやすいからです。傾聴や共感に習熟して話し相手が心を開いてくれるようになっても、「心のスコア」は測定が難しく、研修の成果という視点では証明や実感しにくいわけです。
「君はどうすれば良いと思う?」の功罪
その「質問」として必ずと言って良いほどリーダーや管理職が教えられるフレーズが
「君はどうすれば良いと思う?」
です。
これは部下やフォロワーから上司やリーダーが何かを相談される場面を想定しています。
従来の成果重視型の指導方針では、答えを持っている人が持っていない人へ迅速に情報を提供することでトラブルや指示待ちなどによる機会損失を最小化することが正解でした。
しかし正解がないとされる現状では従業員の自律性や現場での即応能力が重視されるようになり、部下育成のために上司やリーダーは例え自分なりの答えを持っていても、すぐにそれを渡さずに部下の思考を促し、成長のきっかけをつくるべきだとされています。なのでコーチング研修を受けた管理職やリーダーは、部下やフォロワーからの問いに「君はどうすれば良いと思う?」と安易に返すのです。
私はコーチとしてこの質問自体はパワフルで、内省を促す素晴らしいものだと思います。しかし万能ではありません。例えばそう返された従業員がまだ組織の一員となって日が浅かったらどうでしょう?精神的に追い詰められていて「誰も助けてくれない」と落ち込みかけていたらどうなるでしょう?
お互いを良く知っている関係性であればあまり気にしなくて良いかもしれませんが、相手のスキルや職責、パーソナリティなどをあまり把握できていない場合にはもっと注意を払う必要があるかもしれません。
例えば上記の質問の前に
「ずいぶん悩んでいるんだね」と共感し
「これまでどんなことをやってみた?」と問い、何らかの努力をしているようであればそれを賞賛し
その上で
「そこまでやった上で私のところに相談しに来たんですね。これまでの取り組みで自分なりに何かアイデアは生まれましたか?」
などと少しずつ踏み込むように問いを重ねていくのも良いでしょう。
しかし部下やフォロワー「その人」を視ない応答は、ときとして相手の心を切り刻む刃となり得ます。
コーチングは万能ではない・万能なものなどない
コーチングだけでなく、どんなに価値がある・役に立つとされるものでも「使い方」や「使いどころ」が適切でなければ使う意味がありません。双方にとって有用なコーチングを行うためには自分自身がどのような結果を求めてそうするのか?というゴールを思い描き、自分と相手の対話のダイナミズムを意識しながら言葉を選ぶ必要があります。
これは簡単なことではありません。多くの相手とさまざまなケースで対話を行い、トライアンドエラーを繰り返しながら「あぁ、こういうことなのか!」というアハ体験を少しずつ得て習熟していくしかないのです。
カウセリングやコーチングは成果を直接的・客観的に可視化することが難しいものです。したがって学び方・教え方にも正解がなく、カウンセラー・コーチや講師によってさまざまです。ですので、学んでくださる方も講義内容を鵜呑みにせず、できるだけ自分の言葉や自分の動作に置き換えるつもりで知識を採り入れるようにしていただくと良いと思います。
弊社では法人向けのコーチング研修やリーダーシップ研修、マネジメント支援なども行っています。少しでもご関心をお持ちであれば、お問い合わせ・ご相談よりお気軽にご相談ください。