ポジティブを盲信する人もいる
近年、心理学やキャリア開発の分野において、幸福感や“強み”に着目するポジティブ心理学が注目を集めています(弊社が推すストレングスファインダーもそのひとつです)。
従来の心理学が、心の病理や機能不全といった「正常でない」状態からの回復を目指すことが多かったのに対し、ポジティブ心理学は、人が本来持っている可能性や能力、いわば「できているところ、得意なところ」を伸ばすことで、より充実した人生を送ることを目指します。この前向きなアプローチは、多くの人々に希望を与え、受け入れられやすい潮流と言えるでしょう。
しかし、この魅力的な概念も、時に負の結果につながることがあります。特に、「ポジティブであること」を、「自分にとって都合の良い結果しか想定しない」「悪い可能性を一切考えない」といった、現実を都合よく解釈する考え方と混同してしまう人が少なくありません。「自分はポジティブに振る舞っている」と自認すれば、自分も周囲もすべてうまく行くはずだと思い込んでいる人も存在します。
「良かれ」がもたらす負の連鎖、共感なきポジティブの独走
私の知り合いに、自他ともに認めるポジティブな人物がいます。彼はいつもエネルギッシュで、仕事に対しても人間関係に対しても前向きです。困難な状況に直面しても、それを困難だとは捉えていないようで、「きっとうまくいくさ!」と楽観的な言葉を発し、周囲を勇気づけようとします。一見すると、ポジティブ心理学を体現しているが理想の人物です。
しかし、親しく接するうちに、彼のポジティブさの裏側に、他者の感情や状況に対する想像力の欠如が見え隠れすることに気づきました。彼は、「自分が良いと思うことはみんな誰でも良いと思う」「自分が疑問に思わないことはみんな誰も疑問に思わない」という、ある種の絶対的な信念を持っているように感じられます。
例えば、彼が新しいプロジェクトを提案した際のことです。彼はそのアイデアの斬新さや将来性を熱心に語りますが、チームメンバーの中には、実現可能性やリスクについて懸念を抱く者もいました。しかし、彼にはそうした不安の声が生じる可能性が思い浮かぶことはなく、まだ周囲の人々も普段から彼のことを「意見を言っても自分の考え方を変えない人」だと認識していたこともあ理、結局表立って彼の提案を否定する人は現れませんでした。そしてほとんどの人が「自分ごと」として捉えることのないまま、プロジェクトはスタートしました。
結果として、チームメンバーのモチベーションは低く、受け身のメンバーばかりとなり、プロジェクトの質は低下しました。彼は、自身のポジティブな気持ちが周囲にも伝播し、全員が同じように前向きに取り組むと信じて疑いません。しかし、実際には、彼の楽観的な見通しと現実のギャップに、周囲は戸惑い、心が離れていったのです。
認識の歪みが生む、共感力の欠如という壁
彼のこのような態度の根底には、「共感力」、つまり相手がどのように感じているのか、何を考えているのかを推し量る能力の欠如があると言わざるを得ません。彼は、自身の感情や思考が普遍的(「普通は…」、「みんなも…」)なものであると無意識のうちに捉えているため、他者が異なる意見や感情を持つ可能性を考慮できないのです。
コミュニケーションにおいて、共感力は非常に重要な要素です。相手の立場に立って考えることで、言葉の選び方や伝え方、タイミングなどを調整し、より円滑な人間関係を築くことができます。しかし、彼のように自身のポジティブさ盲信する、もしくは無自覚にポジティブであるあまり、相手の感情や状況を想像することを怠ると、意図せずとも相手を傷つけたり、意欲を低下させたりする可能性があります。
「自分のポジティブ」=「誰かのネガティブ」?
このように、「単純なポジティブさ」や「過剰なポジティブさ」は、結局のところ、認識の歪みを生み出し、他者との間に摩擦や誤解といった負の感情を生み出してしまう可能性があります。それは、まるで光が強すぎると影が濃くなるように、「自分のポジティブさ」が、意図せずとも「誰かのネガティブさ」を作り出してしまうという不幸な構図です。
自分の発言や行動が、他者にどのような影響を与える可能性があるのかを想像することなく、ただ一方的にポジティブな言動を繰り返すことは、時に相手の状況や感情を無視した、独りよがりな行為になりかねません。「良かれと思って」かけた言葉が、相手にとっては的外れな励ましに聞こえたり、「それでうまく行かなかったらまた私のせいにされるの?」と警戒されることもあるでしょう。行くところまで行ってしまうと、「能天気な奴」と諦められてしまうかもしれません(私の知人は残念ながら実際それに近いポジションです…)。
真に成熟したポジティブ思考へ、「影響力」を意識するということ
では、私たちはどのようにすれば、自分のポジティブさを他者のネガティブさに転換させることなく、健全で建設的な関係性を築くことができるのでしょうか。その鍵となるのは、「自分の言動が、他者にどのような影響を与える可能性があるのか?」を常にシミュレーションする意識を持つことです。
そのためには、「悪いことが起きるかもしれない。悪いことが起きるとしたらどのようなことか?」という視点を持つことが不可欠です。楽観的な見通しを持つことは大切ですが、同時に、起こりうるリスクや懸念事項を冷静に検討し、それに対する備えをすることも、成熟したポジティブ思考の重要な側面です。良い可能性と悪い可能性の両方を視野に入れることで、より現実的でバランスの取れた判断を下すことができるようになります。
「正しいポジティブ」を実践するために必要な三つの要素
「正しいポジティブ」を実践し、自身のポジティブなエネルギーを周囲の幸福感へと繋げていくためには、意識的な取り組みが必要です。ここでは、そのために重要な3つの要素を挙げます。
1. 正しい自己理解:無自覚な言動への気づき
まず第一に、「正しい自己理解」が不可欠です。自分がどのような価値観を持ち、どのような思考パターンや行動の癖を持っているのかを客観的に把握することで、無自覚のうちに他者にどのような影響を与えているのかに気づくことができます。
例えば、先ほど紹介した私の知人の場合、「自分が良いと思うことはみんな良いと思う」という思い込みに気づくことが、共感力を高めるための第一歩となります。
ストレングスファインダーは自己理解を深めるための有効なツールの一つです。自身の才能(強みの源泉)を知ることにより、自分の癖や特性を客観的に理解するのに役立ちます。自分の才能を知ることで、どのような状況でどのような言動を自然と行いがちなのかを自覚し、それが他者にどのような影響を与える可能性があるのかを考察するきっかけになります。
2. 忌憚のないフィードバックを得られる関係性:メタ認知による客観性の獲得
次に重要なのは、他者から忌憚のないフィードバックをもらえる関係性を築くことです。自分の言動は、自分自身ではなかなか客観的に評価することが難しいものです。親しい友人や同僚、信頼できるメンターなど、率直な意見を伝えてくれる人々の存在は、自己変革にとって非常に貴重です。
そのためには、日頃から周囲の人々が自分をどのように見ているのか、自分のコミュニケーションの特徴が相手にどのような印象を与えているのか、といった点に関心を払う必要があります。つまり、「自分と相手」という関係性そのものについて、俯瞰して捉える「メタ認知」の能力を高めることが重要になります。
相手の性格や価値観、置かれている状況などを考慮しながらコミュニケーションを行うことで、より建設的な対話が可能になります。また、積極的にフィードバックを求め、真摯に受け止める姿勢を持つことで、周囲との信頼関係も深まり、より質の高いフィードバックを得やすくなるでしょう。
3. 実践を通じた学び:コーチングによる客観的な視点の導入
最後に、頭で理解するだけでなく、実際に行動してみることが重要です。しかし、ポジティブさに任せて行動してしまうと、どうしても自分にとって都合の良い情報ばかりに目が向きがちになり、改善点を見落としてしまう可能性があります。
そこで有効なのが、コーチングの活用です。コーチは、クライアントの目標達成をサポートしますが、その過程で、クライアントの思考パターンや行動の癖を客観的に指摘し、新たな視点を提供してくれます。
コーチとの対話を通じて、自分が見落としている可能性や、より良い行動の選択肢に気づくことができるようになります。また、コーチは、クライアントが健全かつ生産的な人間関係を構築していくための伴走者として、客観的なフィードバックやアドバイスを提供してくれます。
他者も含めてポジティブであることを目指そう
ポジティブ心理学は、私たちの可能性を広げ、より幸福な生き方を追求するための強力なツールとなり得ます。しかし、その力を最大限に活かすためには、「単純な楽観主義」や「根拠のない自信」に陥ることなく、自己理解を深め、他者との関係性を丁寧に育む視点が不可欠です。
「自分のポジティブ」が「他者のネガティブ」を生み出すという不幸な事態を避けるためには、自身の内面と真摯に向き合い、他者の感情や状況に寄り添う想像力を磨くこと。そして、客観的な視点を取り入れながら、より成熟したポジティブ思考を実践していくことが、これからの私たちにとって重要な課題となるでしょう。真のポジティブさは、自分自身だけでなく、周囲の人々をも幸福にする力を持つはずです。
そもそも自分がポジティブ思考であるのか?ネガティブなのか?と問われて、自信をもって答えることができる人は少ないはずです。なぜならそのような思考を整理して言語化する機会が日常にはないからです。好きなことや得意なことには自然とポジティブになり、嫌いなこと・不得手なことにはネガティブになるのが自然で、結局そのときどきで自己認識が変わるのが人間という生き物です。
しかし気質や性格、そして才能というレベルでポジティブ寄りか、ネガティブ寄りかは人によって異なります。それは他者からの問いに答えたり、他者に説明するために自分の思考を整理するという体験を通じて初めて観えてくるものです。
コーチングには内省を促進する効果があり、自分では考えつかなかった視点でのメタ認知につながります。ストレングスファインダーは科学的・客観的に自分の才能を分析・可視化するためのツールです。
弊社ではこれらのサービスやツールを活用して、自己理解・自己変容を支援いたします。
少しでもご関心をお持ちであれば、お問い合わせ・ご相談よりお気軽にご相談ください。